5年病の症状
新しい概念や手法を吸収しなくなる。
何をやっても大して効果はないと思い始める。
かといって、目標に向かって寸暇を惜しむ体でもない。
RSSは欠かさず眺めて、それっぽいことをツイートするのが趣味になる。
「自分はエンジニアだから~」というのを思考の枠にしてしまう。
手を動かすことを惜しみ始める。
「多分できる」と「できた」を混同する。
一度失敗しただけでスネてやらなくなる。
自分よりキャリアの無い人にエラそうな口を利きたがる。
不摂生と運動不足で体が劣化する。
This is a tumblelog, kinda like a blog but with short-form, mixed-media posts with stuff I like. Scroll down a bit to start reading, or a bit more to read more about me.
iPadのどこにぼくはこんなに毎日ブログ書くほど惹きつけられているのか、喜びまくっているのか。それは、美しいからだ。端末として美しい。だから、その中で表示される世界も美しくなければ許されない感じがある。美しくないとがっかりさせられる。
ここで言う”美しい”にはいろんな形容詞が入ると思ってほしい。かわいいとか、カッコいいとか、ステキだとか、いろんな方向からの美しさ。それがiPadには必要なんだと。
良寛「丁度よい」
お前はお前でちょうどよい。
顔も体も名前も姓も、お前は
それは丁度よい。
貧も富も親も子も息子の
嫁もその孫も、それはお前に丁度
よい。幸も不幸も喜びも、
悲しみさえも丁度よい。
歩いたお前の人生は悪くも
なければ良くもない、
お前にとって丁度よい。
地獄へいこうと極楽へいこうと
いったところが丁度よい。
うぬぼれる要もなく卑下する
要もなく上もなければ下もない
死ぬ日月さえも丁度よい。
お前はそれは丁度よい。